バレエはこの先どこへ向かうのか — 「背骨を折って気付いた。バレエに傷つけられてきた、私の人生」

バレエとは、それに関わる女性の立場や存在とは、今後この芸術はどこへ向かうのか、そういうことを考えさせられる記事がBuzzFeed Newsに掲載されていました。

背骨を折って気付いた。バレエに傷つけられてきた、私の人生

バレエの世界では現在「#MeToo」旋風が巻き起こっているが、その後遺症は私たちに疑問を突きつけるだろう。どうすれば女性とその体へのダメージを減らすことができるのか? 変化を実現するには、誰がもっと関わるべきなのだろうか?

わたしはある夜、バレエのリハーサル中に、背骨を折ってしまった。自分の体に裏切られたのは初めてではなかったが、体を犠牲にすることに自分自身が加担していたと気づいたのは、それが初めてだった。

結局、私はバレエの文化に拒絶された。バレエの文化は、私の限界など考慮せず、芸術という名の下で、時間と体を犠牲にすることを強いた。私にとってバレエは、自分が持っている以上のものを求めてくる、厳格で無慈悲な師だった。私はバレエの世界を去ってから、毎日バレエを恋しく思い、その一方で、同じバレエに心をかき乱されている。

バレエの性差別について堂々と議論できるようになった現在のチャンスは、バレエの未来について真剣に考えるチャンスでもある。バレエの価値と美しさを守りながら、女性へのダメージを小さくするには、どのような変化が必要なのだろう? そうした変化を実現するには、誰がもっと関わるべきなのだろう?

この世界には、成功に関して明確なルールがある。かわいいこと、指示に従うこと、体を引き上げるように姿勢を正しくしてターンアウトすること(足を横に開くこと)だ。私は当初、この厳格な教えに魅了された。そして最終的に、この厳格な教えがケガの原因となり、私は愛するダンスの世界を去ることになった。

バレエが抱える不公正が今、暴露されているという現実は、明るい未来に向けての第一歩だと思う。バレエに必要とされる変革を主導する人材を見つけることは、次なる一歩になるだろう。トウシューズを履いているとき、履いていないときの両方について、女性の主体性と権利を巡る重要な議論が今後も続くことが望まれる。

バレエが、女性にとって不健康あるいは屈辱的な環境を生み出していることは否定できない。しかしバレエは、最も素晴らしい環境においては、喜びや運動、可能性の源になる。チュールやヘアスプレーをはぎとった存在として見ると、バレリーナとは、表現のための道具だ。振付師やパートナー、観客の期待を一身に受ける道具なのだ。彼女の体は何が美しく、見る者の美的感覚や感情を刺激するのだろう? しかし私たちはこれまで、次のような質問をあまり投げ掛けてこなかった。彼女自身は何を求めているのか? 彼女は自分自身をどう見ているのだろう?

是非この「背骨を折って気付いた。バレエに傷つけられてきた、私の人生」を読んでいただきたいのですが、この長い記事の中でバレエを取り巻く多くの問題、バレエ団における女性の地位やセクシャルハラスメント問題、身体への負担、芸術性の価値観、未来のバレエとはどういうものなのかなど、あまりに多くの問題を指摘しているため、一言二言の感想では語りきれず、また、私自身多くのことについて考えさせられています。

2018年を締めくくるには重い記事かもしれませんし、さらにいえば日本では特有の問題も多くあると思いますが、これらの多くの問題を乗り越えられる未来がきっと存在すると信じています。

それではみなさん、よいお年をお迎えください。



「背骨を折って気付いた。バレエに傷つけられてきた、私の人生」BuzzFeed News

背骨を折って気付いた。バレエに傷つけられてきた、私の人生

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